アメリカ生活、本番が始まった。
そして僕はすぐに気づく。
「あ、これ終わったわ」
初めての授業。教室に入ると、みんな普通に座っている。
当たり前だけど、全員アメリカ人か、英語ペラペラの留学生だ。
僕だけが——完全に場違い。
でも、このときの僕はまだ余裕をぶっこいていた。
「まあ、授業だし? なんとかなるっしょ」
——ならなかった。
先生が話し始める。
英語で。
当たり前だけど、全部英語。
その瞬間、僕の脳内は完全にフリーズした。
「……?」
単語は、たまに聞こえる。
でも、繋がらない。
意味にならない。
当時の理解度を正確に言うと
——0.5%。
いや、たぶんそれすら気のせい。
ただの幻聴だ。
周りを見る。
みんなめっちゃ頷いてる。
ノートも取ってる。
なんなら時折、ドッと笑ったりもしている。
え、なんで? 何が面白いの?
僕だけ、完全に時空の隙間に取り残されている。
そのとき、僕の防衛本能がひとつの答えを導き出した。
「……とりあえず、周りの真似しよう」
最強スキル:分かったフリ
それが、僕の“分かったフリ生活”の幕開けだった。
先生が話す。
周りが頷く。
僕も頷く。
先生が冗談っぽいことを言う。
周りが笑う。
僕も(コンマ5秒遅れて)笑う。
——意味は1ミリも分かっていない。
外見だけは完全に「意識高い系留学生」だ。
中身は完全なゼロなのに、なぜか“主体的に参加してる感”だけは出せる。
このスキル、地味に強い。
……ただし、頭脳はスカスカの空っぽである。
そんなある日、恐れていた事態が起きた。
先生が突然、僕にロックオンしたのだ。
「What do you think?(君はどう思う?)」
終わった。
何も聞き取れていないのに、意見を求められている。
でも、ここで沈黙したらゲームオーバーだ。
僕は脳細胞をフル回転させ、満面の笑みで絞り出した。
「Yeah… I think so.(ええ……僕もそう思います)」
いや、何に対して同意してんだよ。
自分でもさっぱり分からない。
先生、一瞬止まる。
クラス、ちょっと静かになる。
あ、これ「あ、こいつ英語分かってないな」って完全にバレた空気だ。
でも先生は、大人の優しさでそのまま授業を進めた。
「……助かった」 いや違う。
助かってない。あまりの噛み合わなさに、ただスルーされただけだ。
哀愁がすごい。
ディスカッション地獄 → 爆死
そして、ついに本物の地獄がやってきた。
ディスカッションの時間だ。
みんなめっちゃ話す。
早い。
強い。
言葉のドッジボールの球速がマッハ。
そして、ついに僕のターンが回ってきた。
全員の視線が僕に集まる。
頭の中、真っ白。
でもここで黙ったら「存在しない人間」になってしまう。
とりあえず何か言わなきゃ。
僕は、その場の空気と、かろうじて耳に残った単語だけを頼りに、
奇跡の一言をひねり出した。
「I like… freedom.(僕は……自由が好きです)」
……沈黙。
いや、マジで静寂。
隣のやつが、僕を見る。
向かいのやつも、僕を見る。
先生も、ちょっとフリーズしている。
完全にやらかした。
たぶん議題、全然違った。
自由とか一切関係ない、もっと手堅い経済とかの話をしてた可能性が極めて高い。
でも、ここで引いたら男がすたる。
僕はさらに畳みかけた。
「Because… America is… big.(なぜなら……アメリカは……大きいから)」
もう自分でも何言ってるか分からない。小2の作文か。
でもなぜか、クラスの誰かが
「フッ……」
と鼻で笑った。
優しさか、困惑か、それとも完全にネタ扱いか。
——たぶん、その全部。
このとき僕は思った。「終わった……」と。
外に出たら、そこはアメリカの青い空。
「……まあ、死んではいないな」
謎のポジティブメンタルが爆誕した瞬間だった。
宿題事件(自信満々からの爆死)
ある日の授業。先生が宿題を説明していた。
もちろん英語。
底辺を味わった僕だが、その日、なぜか神の啓示のように思ったのだ。
「……あ、今回ちょっと分かったかも」
——はい、フラグ立ちました。
家に帰り、それはもう真面目に取り組んだ。時間もめちゃくちゃかけた。
「これ、完璧じゃね? むしろ優秀な生徒の部類では?」
ちょっとどころか、普通に自信があった。
次の授業。ドヤ顔で課題を提出。
心の中では
「今回はいかせてもらいましたよ」
くらいの気分だった。
先生がその場でチラッと見る。
そして一言。
「……これは違うね(It’s wrong.)」
終了。
頭、真っ白。
そこから英語で説明される。
でも半分しか分からない。
ただ一つだけ、残酷な事実が分かった。
「問題の理解、根本からズレてた」
これが一番キツい。
「やってない」
じゃなくて、
「頑張って間違えてる」やつ。
ダメージ2倍。
いや、20倍。
分かったフリの限界、そして
この大爆死事件で、さすがに目が覚めた。
分かったフリは
——いつか絶対にバレる。
しかも、ちゃんと手痛いダメージを伴って自分に返ってくる。
悔しかった。
やったつもりだった。
でも評価されない。
でも当然だ。
間違っているんだから。
ここでやっと理解した。
「分かった気になる」と「本当に分かる」
は、天と地ほど違うのだ。
相変わらず、その後の授業も分からない。
ディスカッションも無理。
グループワークでは置物(空気)。
でも、僕の中で少しだけ意識が変わった。
「分からないままやり過ごすのは、マジでヤバい」と。
それでも、すぐにはペラペラになれるわけじゃない。
普通に「Yeah……」って言っちゃうし、普通に毎日絶望する。
でも——ちょっとずつ、何かが変わり始めていた。
正直に言う。
この時期の僕、かなりダサい。
分かったフリして、適当に相槌打って、
なんとなく乗り切った気になって。
外見をいくら繕っても、中身が伴わなきゃ意味がない。
でも——そのダサさがあったから、気づけた。
「分からないことを認めるのが、すべてのスタート」
最初は誰でもできない。
問題は、できないまま逃げるか、できないまま進むか。
僕は、できないまま進むことにした。
……まあその結果、まだまだ普通に地獄の日々は続くのだけれど。



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